出雲の開業医「生活密着医療がモットーです」

  • ブログの紹介
     地域医療 = 生活密着医療と考え、「地域の方々の生活に貢献できる医療の進化を推進する」がモットーの開業医が、診療、研究、IT事業に奮闘する日々を出雲の地から綴ります。
  • 著者プロフィール
    杉浦弘明(すぎうら ひろあき) 1965年生まれ。1991年島根医大卒。島根県出雲市に「すぎうら医院」を設立して15年目の開業医。日常診療の傍ら、研究・IT事業など多方面で活躍中、後世に残る英語論文にも挑戦している。

日常

母校の誇り―OB・OG交響楽団に参加して

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写真は11月24日、出雲市民会館大ホールで600名のお客さんをお迎えした「オケージョナル・オーケストラ DNAフィルハーモニック」の第1回演奏会の模様です。この時はラフマニノフ作曲 ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18が演奏されています。このほかドヴォルザーク作曲の交響曲第8番ト長調作品88も演奏されました。交響曲には私も学生時代以来久しぶりにファゴットで出演しました。 

このオーケストラは島根大学医学部出雲キャンパスの「シュールカメラート管弦楽団」(シュールカメラートとはドイツ語の"Schule(学校)"とKamerad(友人)"とをあわせた造語。英語ならスクールメイトが近いと思います)の OB・OGを母体とした医師(Doctor) 看護師(Nurse) そして地元在住の芸術家(Artist)からなる、今回特別に結成された(オケージョナル)な交響楽団(オーケストラ)です。まだ卒後間もない中村康平先生が白紙の状態から1年でオーケストラを作り、仲間を呼び本番までマネージメントしてくださいました。素晴らしい企画力です。

旧友たちとの時間は“幸福なひととき”

ピアノ協奏曲のソリストもやはりOBで、関東で消化器内科医としてご活躍中の林朋之先生が務められました。林先生は少年時代、ある全国的な音楽コンサートに入賞するほどの天才で、医学部在学中にすでに島根医科大学のオーケストラでシューマンのピアノコンチェルトのソリストをされました。学業も成績優秀で、当時の我々からは眩いばかりの大先輩でした。
今回の演奏では、ピアニストに高いテクニックが要求される一楽章は強い打鍵のインパクトのある演奏で、一転して変わるロマンチックなテーマの二楽章では、医師として様々なご経験をされた人間性が感じさせられる演奏でした。そして圧巻の第三楽章を経て瞬く間にフィナーレとなりました。
 
私が9期生で入学した当時の「シュールカメラート管弦楽団」はまだ部員数も少なく、大規模なオーケストラの編成を組むことができませんでした。ですから今のように管弦楽団とは言わずに“室内管弦楽団”を名乗り、モーツァルとハイドンといった古典を中心に演奏会を行っていました。たまにベートーヴェンのシンフォニーを演奏するとなると大規模で驚いたものです。その後25年が過ぎ、看護学部も併設され、島根医科大学が島根大学医学部となり、部員数は着々と増えました。管楽器パートも充実して大編成の曲でないと部員もステージに乗りきれず、むしろ小規模編成の室内楽をする機会が減ったというのも、室内管弦楽団時代の我々からみれば羨ましい限りです。

現在はOB・OGを沢山輩出し、それぞれ医師・看護師として日本各地の医療現場で活躍しています。私が卒業してから約25年が過ぎた今も進歩し続ける現役楽団。黎明期を経て今では先輩から後輩へと引き継がれる伝統も培われました。そして結成されたOB・OG楽団は第一回目から多くのお客様をお迎えするエネルギーを持っていました。
今回、学生時代と変わらずに何もかも分かり合える旧友や素晴らしい先輩、後輩とジョイントした時間は、母校の誇りを感じる幸福なひとときでした。

真夜中のドーム野球はオススメです

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2年前から草野球チームを結成しています。
チーム名は「All nighters」です。今の健康ブームに乗り、夜飲酒する代わりにスポーツをするようになったことがチー名の由来です。
ホームグランドは出雲市にある出雲ドームです。一般開放の2時間枠を利用して年数回、試合をしています。

このことを普段は河川敷で野球をされている東京在住の某先生にお話ししたところ、ドーム球場での野球に興味を持たれました。インターネットで調べてみると深夜帯を一般人に開放しているドーム球場がいくつかあることを知りました。そこで先日、出雲と東京の中間地点にある大阪京セラドームに、東は東京、西は出雲から選手が集まり野球対決をしました。


試合終了は深夜2時

当日は仕事を終えて19時にバスに乗り込みました。家を出る時に野球好きの小学生の長男が「僕も行きたい」と泣き出しましたが、さすがに深夜の野球に小学生は連れて行けません。申し訳ない気持ちで出発し、23時過ぎに球場に到着しました。

胸の高鳴りを感じながら通用口からグラウンド入口に一歩足を踏み入れると、眼前に現れた光景に感動しました。360度からの観客の視線がグラウンドに集中する構造になっています(その日の観客はゼロですが…)。

試合は8対10で負けましたが、深夜2時まで野球を楽しみました。試合終了後、再びバスに揺られ、出雲に到着したのは朝6時30分。強行スケジュールのようにも見えますが、もうじき50歳の私でも何事もなかったように当日の仕事が可能でした。野球の楽しみ方の一つとして「真夜中のドーム野球」は皆さんにもオススメです。

写真は、わがチームの三塁手、イケメン眼科医師と野球のユニフォームを着た熊の「プーさん」こと私です。実は前回のブログで、私が同級生のイケメン脳外科医師の隣にちょこんと写ったところ、これが「プーさん」に似ていて、なかなかよろしいとご評価いただきました。したがって、今回もプーさん登場です。






週末の自然観察

毎年半袖の季節になると、二人の息子を連れて地元で川魚捕りをします。今月出雲市では五月晴れの日が続き、河川の水温が上昇して川魚の動きが活発になってきました。そこで先週末、今年初めて子供たちと川魚捕りに出掛け、ドジョウやタナゴを網でたくさん捕りました。

写真は長男が網ですくったドジョウを次男が覗き込んでいるところです。
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自宅に水槽を置いたきっかけは友人の会社のイベントで参加した金魚すくいでしたが、その後、いろいろな川の生き物が我が家にやってくるようになりました。最初は小川のザリガニです。狙ったものが捕れ、水槽で飼うことが楽しくなりました。

近所の田んぼの排水路に生息するトジョウメダカタモロコも捕りました。そして島根を流れる一級河川の斐伊川(ひいかわ)の取水口のタナゴ、山間地の小学校近くの用水路のハヤ、斐伊川を上流に遡ってウグイ、宍道湖(しんじこ)のテナガエビ、島根半島に広がる北山の湧き水の注ぎ口にいるオイカワと、だんだん活動範囲が広がりました。清流に生息するヨシノボリにも会えたらいいなと思っていますが、これは相当難易度が高そうです。
 
長男は自分で捕まえた川魚を持ち帰り、観察したり本で調べたり、時には魚にとても詳しい近所の「魚博士」に教えていただくという、とても良い経験をしています。
 
今年は出雲神話・古事記編纂から1300年

一方の次男は体験派です。斐伊川一帯は出雲神話・古事記の舞台で、今年は古事記編纂から1300年にちなみ、当地で7月から「神話博しまね」(http://www.shinwahaku.jp/)が開催されます。島根県の西部は特に神楽が盛んで、多くの子供たちが神楽団に入り神楽に親しんでいます。次男は神楽を見てからというもの、その魅力にあっという間に惹かれ、最近までウルトラマンの真似をしていたのが今では「大蛇と戦うスサノオの舞」(の真似)をしています。

出雲市街は今、日本の地方都市や世界の都市と同様に幹線道路沿いに同じ店が続き、没個性化しています。情報化によるグローバリゼーションは瞬く間に都市の様子を変えてしまいます。しかし山陰地方は、車で15分移動するだけで個性豊かな自然と生物の生態を観察でき、長い歴史の中で培われた個性的な伝統芸能が日常的に楽しまれている地域です。

学校医として担当校でスピーチの機会があるたびに、今後、世界中で活躍できる学力、体力を育むとともに、友人とお世話になった方、そして郷土をいつまでも大切に思ってほしいと伝えています。