大切な家族の長い病気は、それを支える家族にとって「ズシリ」と肩にのしかかり、足には「錘」となり推進力を妨げます。家族は病人のためにできるだけの労力を使い、残りの時間は、仕事・日常生活・以前から約束していたことをこなすので精一杯です。僅かな余りの時間は病気のことと、今後生活が続けられるか、不安に感じているだけで埋め尽くされてしまいます。新たな取り組みをしようという気には全くなりません。さらに悪いことに、相談相手である家族自身が病人の時は相談ができなくなります。

 学生時代に母親をすい臓がんで亡くし、一度上記の思いをしました。以来、末期がんの医療を受ける家族の気持ちや、平然とはしてはいられなくなる精神状態を体験済みですので、研修医の時から今に至るまで、がん患者さんの家族の辛さがよく分かります
 
 それから約30年。今度は、要介護者の家族になりました

 前日まで元気で歩いて、90歳を超しても医師として元気に仕事をしていた父が先日歩けなくなりました。数日まで医院の管理、レントゲン撮影、レセプト業務を几帳面にこなしていたのに、介護サービスを受けることになったのです。
 
 
■家族介護を甘く考えていた
 
 
 90歳となり持病と加齢に伴う筋力低下が進行していた最中の9月19日に、急な歩行障害、眼球運動障害が出現しました。これまで何とか自立した生活をしていましたが、今回のエピソードをきっかけに、歩行不可能となり車椅子での移動となりました。また、ベッドから車椅子への移乗、排泄動作にも介助が必要な状態です。幸いにも頭脳は明晰です。ここ数日のリハビリで回復傾向にあります。
 
 私は最初の2日間介護をしました。歩行できず、立位が保てないので 車椅子による移動、通院(検査)、入浴、更衣、食事・内服準備といった介護が必要です。必要時にすればいいのではなく、日常動作に介護が必要なので、常にスタンバイ状態です。もっと家族介護を甘く考えていました

 いつもは医療・介護福祉サービス提供者ですが、実際に医療・介護福祉サービス受給者側に立つ経験は本当に貴重で臨床に役立ちます。また、それぞれのご家庭の介護者が大変な思いをしておられることがよく分かりました