本ブログを開始してから、かれこれ5年が経ちます。編集は開始当初から変わらず医事新報のNさんが担当しています。
 
 学会発表の多忙を理由に、少し原稿の提出が遅くなったのですが、前回ブログの脱稿後にいつものようにNさんとメールでやり取りをしてたら無意識のうちに立派なクロストークになったので、今回は趣向を変えて、そのやり取りをそのままブログ入りさせていただきます。


■11月某日 Nさんから私へのメール
お世話になっております。
お送りいただきましたお原稿、確かに受け取りました。
お忙しいなか誠にありがとうございました。

栄養士さんのご活躍、頼もしいですね。
情報をチーム全体で共有できるシステムも素晴らしいです。

明日まで週刊誌の校了でバタバタしているため、
水曜日以降に校正原稿をお送りいたします。

取り急ぎ、お礼のみにて失礼いたします。


●私からNさんへのメール
急ぎませんので、ごゆっくり

文明の利器を使って急ぐばかりが豊かな人生ではありませんよ

人間の体は昔から変わりません
ゆっくりアナログの仕掛けもたまにはいいと思います (^^♪

といいつつ、文明の利器でお伝えしていますけど


■Nさんから私へのメール
>文明の利器を使って急ぐばかりが豊かな人生ではない―
いい言葉ですね!

●私からNさんへのメール
というのは、食事で治すのもそうですし
今年もオーケストラ活動していますが、200年前の音楽がどうして今も支持されるかと考えたとき

文明=科学の発展
文化=裸の人間が受け入れられるもの

と思ったからなんですよ
今の人間も裸になれば、自然を受け入れるしかないかないんですよ 


■Nさんから私へのメール
なるほど。

昨日放送されたNHKスペシャルを思い出しました。
アニメ監督の宮崎駿を追ったドキュメンタリーなのですが、
アニメで生命の躍動をどのように表現するか苦悩する宮崎駿に、
AIを用いたCGでつくった、痛覚のない人間のような物体が地面を這って進む映像を「ゾンビに使える」と披露するIT会社の社長。
宮崎駿は、障害を持った友人はハイタッチするだけでも苦労していることを説明し、
IT会社社長に「人の痛みが分かっていない。生命に対する侮辱だ」と落ち着いた厳しい口調で伝えていました。

このやり取りを見ていて、いくら科学技術が発達しても、人間の情・心は変わらないし、大事にしなければいけないとの思いを強く感じましたし、先生のメールを拝見して、それと同じことを感じました。


●私からNさんへのメール
在宅医療でいうなら

最新鋭のデジタル医療機器に取り囲まれた効率的安全運用優先の病院
家庭というアナログ空間

どちらがいいのかなぁ
人それぞれだと思いますが