僕が医学部4年生の時に母がすい臓癌になり、腰の痛みで大変苦しんだ末、病院で亡くなりました。遺体が家の中に入り、家族が「お母さん、家に帰ったよ」と言ったことを覚えています

 それから30年の時が過ぎ、僕は今、在宅緩和医として癌の末期状態を自宅で過ごす方のお手伝いをしています。毎週何名か新しい患者さんを担当させていただいています。

 状態が悪い方は入院先だった病院から自宅まで介護タクシー等の寝台車でお帰りになられます。途中のアクシデントが心配な時は同乗させていただくことがよくあります。家が近づいてくるとご家族は決まって患者さんに「家に帰ったよ」と言われるのです。 僕の母の場合とは違って、生きて自宅に帰られて本当に良かったと思います。病と闘っておられる方にとっては家こそ安心できる場だと思う時です。

 翌日診療に伺うと、「昨夜は少し休めました」 とか「家族に囲まれてフルーツを少し食べました」などとおっしゃいます。でも多くの場合は、5日~10日ぐらいしか自宅で過ごせません。残念ながら病気の進行が速いのです。退院された日に亡くなられることも決して珍しいことではありません。


■緩和ケアで生命予後が伸びる


 亡くなる2週間ぐらい前の歩ける時に自宅に帰れると、家族と食事をしたり、 リラグゼーションしたり、家族と大切なお話をする時間がたくさん取れると思います。

 論文(http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa1000678)でも、早い時期から緩和ケアを受けると精神的に落ち着き、生命予後も伸びると発表されています。緩和ケア医が相談に乗る時間を多くとることができますし、癌の進行に伴う症状であっても、一つ一つ対応すれば数週間であれば長く生きられると思います。
 私の経験でも、わずか数週間であっても痛みさえコントロールできれば、この間にお子様がご結婚したり、お孫さんの誕生に恵まれたり、息子さんに会社経営を引き継がれた方もいらっしゃいます。

 でも、元気な時に緩和ケア医の診察を受けることは難しいことです。癌の治療をしておられる病院の先生のお立場では、「抗癌剤での治療効果はもはや期待ではないので、これからは自宅で治療をしましょう」 とは患者さんを前にしてなかなかおっしゃりにくいと思うのです。また緩和ケア病棟も、悪性腫瘍の縮小を目的とした化学療法実施中であれば利用ができない仕組みになっている病院が多いです。したがって、化学療法をやり尽くした上で緩和ケアを利用しているのが現状です。

 今後は癌の治療医と緩和ケア医が共同して癌治療に関われるようになってほしいと思いますが、なかなか簡単ではないとも感じています。この場合、あうんの呼吸で、癌の治療医を緩和ケア医がサポートする必要があります。
 ましてや、癌の治療医と緩和ケア医が別の医療施設である場合は、患者さんのスムーズな医療連携が必要です。地域医療ネットワークが整備されている地域であればこれは可能であると思います。