昭和の終わりかけの年、昭和天皇がすい臓がんでご闘病中、当時僕は医学部4年生でした。この年、実の母がすい臓がんで発病から6カ月後に亡くなりました。その後医師となり、家庭を持っている今の僕の様子を見せられなかったのは、未だに大変残念です。奇しくも医師である僕の父も、学生時代に母を乳がんで亡くしています。

 母の発病から死を迎えるまでの体験を通して、僕は「末期の患者さんとともに過ごす、家族の気持ちの移り変わり」が理解できました。

 母が末期のすい臓がんであると父から告げられた後、僕は事実を受け入れられませんでした。平和である僕の家族に不幸が訪れるのかと、現実の世界と切り離された気持ちとなりました。現在のような優れた抗がん剤はありませんでしたので、がんの進行を妨げる手立てはなく、主治医の先生に教えて頂く病状は毎回、悪い知らせの上書です。 しかし、この病状説明の中で「死は避けられない」と徐々に理解できてきました。


 
■患者家族の経験は天国の母からの贈り物


 
 このように、医療サービスを受ける立場で、末期がん患者の家族の気持ちを段階的に経験したことは、僕の医師としてのマインド形成のため、天国の母からの贈り物となりました。

 実際に医療サービスを提供する医師として働くようになって、この経験が役立ちました。 ご家族の機微な気持ちの変化に気づきやすので、病状説明のタイミングとトーンを調整するように心がけています。つらい経験はしたくはないのですが、辛い経験は後ほど役に立ちます

 母は痛みのため、苦しみ抜いて亡くなりました
。 亡くなった後、 家族みんなが、母が痛みの苦しみから解放されて良かったと思いました。

 今、在宅診療で末期の方を多く看取る中で、 患者さんが痛みを感じたときにボタンを押すと医療用麻薬が自動的に注射されるPCA(patient controlled analgesia)という注射システムを積極的に使用しています。痛みで苦しまれる患者さんが減ったことはありがたいと思います。