出雲の開業医「生活密着医療がモットーです」

  • ブログの紹介
     地域医療 = 生活密着医療と考え、「地域の方々の生活に貢献できる医療の進化を推進する」がモットーの開業医が、診療、研究、IT事業に奮闘する日々を出雲の地から綴ります。
  • 著者プロフィール
    杉浦弘明(すぎうら ひろあき) 1965年生まれ。1991年島根医大卒。島根県出雲市に「すぎうら医院」を設立して15年目の開業医。日常診療の傍ら、研究・IT事業など多方面で活躍中、後世に残る英語論文にも挑戦している。

2012年12月

学校医主催のスポーツ教室は楽しい!

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私が学校医を担当する出雲市立今市小学校では、毎週土曜日、2年生から4年生までを対象に学校医主催のスポーツ教室「ハッピーアスリーツ」を開いています。写真はその一コマで、これからダンス教室が始まるところです。オレンジ色のシャツを着て子供を肩車しているのが私です。個人情報を大切にする時代ですから、笑顔たっぷりの子供たちの正面写真をお見せできないのが残念です。

私が子供の頃、メディアはテレビしかなく録画機能もないので放映される時間にしか見ることしかできず、メディアの視聴時間が長時間にわたることはありませんでした。下校時刻も早かったので、家にランドセルを置いて再び学校へ行ったり、遊園地や稲を刈った後の田んぼで自由に遊ぶなど、1日中よく動き回っていましたので、運動不足の子供はあまりいませんでした。

しかし今は当地でも、運動をほとんどしない子供のグループと競技スポーツを長時間している子供のグループに極端に分かれています。 運動不足はもちろん大問題です。 その一方で、種目に限らず特定のスポーツを長時間行うのは骨格の定まらない小学生には十分な配慮が必要なため、学校医としてスポーツ指導者に以下のように説明しています。

「小学生は大人の小型版ではないので、高校生や大人のしている練習を少なくしてやればいいというものではありません。勝負の結果や成績は大変気になりますが、慌てずゆっくりと育成する必要があります。将来有望なお子様でも、小学生の時にケガやスポーツ障害を負い後遺症を残すと将来活躍できなくなります」  

当日の段取りは大変だけど…

そのうち説明だけでは物足りなくなり、12年9月に学校医主催のスポーツ教室を立ち上げました。
スポーツ指導をして初めて、指導者の方々の苦労が分かりました。当日の段取り、外部講師との日程調査、物品の調達、保護者への連絡等、様々なことをしなければなりません。

土曜日の午後2時から開始して、1時間目は野球に関する基礎トレーニングです。2時間目はさまざまなスポーツに取り組んでいます。これまでに、ソフトテニス、卓球、ダンス、バスケットボール、バレーボール、サッカー、バドミントンをしました。今後は陸上、空手、スケートなど、たくさんの競技を予定しています。
 
開始から3カ月が経ち、参加している子供たちはぐんぐん上手になっています。そして私たちコーチの言うことをよく聞いてくれます。コーチたちはその姿を見て、「この活動を始めて良かった」と思っています。2年生から4年生までは、なるべく競争の少ない楽しめるスポーツを経験し、5年生でチームプレーを理解し、6年生になったらスポーツで活躍できる喜びを実感してくれたら嬉しいです。そして大人になっても、生涯、スポーツ好きであってほしいと思います。

母校の誇り―OB・OG交響楽団に参加して

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写真は11月24日、出雲市民会館大ホールで600名のお客さんをお迎えした「オケージョナル・オーケストラ DNAフィルハーモニック」の第1回演奏会の模様です。この時はラフマニノフ作曲 ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18が演奏されています。このほかドヴォルザーク作曲の交響曲第8番ト長調作品88も演奏されました。交響曲には私も学生時代以来久しぶりにファゴットで出演しました。 

このオーケストラは島根大学医学部出雲キャンパスの「シュールカメラート管弦楽団」(シュールカメラートとはドイツ語の"Schule(学校)"とKamerad(友人)"とをあわせた造語。英語ならスクールメイトが近いと思います)の OB・OGを母体とした医師(Doctor) 看護師(Nurse) そして地元在住の芸術家(Artist)からなる、今回特別に結成された(オケージョナル)な交響楽団(オーケストラ)です。まだ卒後間もない中村康平先生が白紙の状態から1年でオーケストラを作り、仲間を呼び本番までマネージメントしてくださいました。素晴らしい企画力です。

旧友たちとの時間は“幸福なひととき”

ピアノ協奏曲のソリストもやはりOBで、関東で消化器内科医としてご活躍中の林朋之先生が務められました。林先生は少年時代、ある全国的な音楽コンサートに入賞するほどの天才で、医学部在学中にすでに島根医科大学のオーケストラでシューマンのピアノコンチェルトのソリストをされました。学業も成績優秀で、当時の我々からは眩いばかりの大先輩でした。
今回の演奏では、ピアニストに高いテクニックが要求される一楽章は強い打鍵のインパクトのある演奏で、一転して変わるロマンチックなテーマの二楽章では、医師として様々なご経験をされた人間性が感じさせられる演奏でした。そして圧巻の第三楽章を経て瞬く間にフィナーレとなりました。
 
私が9期生で入学した当時の「シュールカメラート管弦楽団」はまだ部員数も少なく、大規模なオーケストラの編成を組むことができませんでした。ですから今のように管弦楽団とは言わずに“室内管弦楽団”を名乗り、モーツァルとハイドンといった古典を中心に演奏会を行っていました。たまにベートーヴェンのシンフォニーを演奏するとなると大規模で驚いたものです。その後25年が過ぎ、看護学部も併設され、島根医科大学が島根大学医学部となり、部員数は着々と増えました。管楽器パートも充実して大編成の曲でないと部員もステージに乗りきれず、むしろ小規模編成の室内楽をする機会が減ったというのも、室内管弦楽団時代の我々からみれば羨ましい限りです。

現在はOB・OGを沢山輩出し、それぞれ医師・看護師として日本各地の医療現場で活躍しています。私が卒業してから約25年が過ぎた今も進歩し続ける現役楽団。黎明期を経て今では先輩から後輩へと引き継がれる伝統も培われました。そして結成されたOB・OG楽団は第一回目から多くのお客様をお迎えするエネルギーを持っていました。
今回、学生時代と変わらずに何もかも分かり合える旧友や素晴らしい先輩、後輩とジョイントした時間は、母校の誇りを感じる幸福なひとときでした。