出雲の開業医「生活密着医療がモットーです」

  • ブログの紹介
     地域医療 = 生活密着医療と考え、「地域の方々の生活に貢献できる医療の進化を推進する」がモットーの開業医が、診療、研究、IT事業に奮闘する日々を出雲の地から綴ります。
  • 著者プロフィール
    杉浦弘明(すぎうら ひろあき) 1965年生まれ。1991年島根医大卒。島根県出雲市に「すぎうら医院」を設立して15年目の開業医。日常診療の傍ら、研究・IT事業など多方面で活躍中、後世に残る英語論文にも挑戦している。

2012年03月

この春に学位を取得しました

春は桜に彩られながら、別れと新たな出会いが交差する節目の季節です。この季節の経験は日本文化のメンタリティーの一部となっていると思いますが、一方で国際化のために秋入学が必要だと思います。

sugiura09-1


















3月16日に、奈良県立医科大学大学院博士課程を修了し、学位をいただきました。写真は修了日に研究室の入り口を撮影したものです。
5年前、以前より研究をご一緒させていただいた国立感染症研究所の大日康史先生に、開業医を続けながら研究に取り組む一つの集大成として、学位取得を目標にするように勧めていただきました。その際、奈良県立医科大学健康政策医学講座教授の今村知明先生をご紹介いただきました。


大学院を受験したのは2007年。ちょうど妻が次男を妊娠しており、お腹の子と会話ができる頃に卒業だろうと考えたことを思い出します。



  論文が世界のどこかで役立つことを夢見て…   

入学後は、一般住民に約100日間、毎日インターネット上で健康調査を実施し、季節的に変動する疾患の有病率を検討するテーマをいただきました。対象疾患はインフルエンザ、胃腸炎をはじめたとした感染症のほか、花粉症などのアレルギー性疾患についてです。この研究は教室員全員で行う研究です。


なぜネット調査を毎日実施するかというと、医療機関を受診する患者さんを対象とした調査では、その疾患の有病率は求められません。また、一般住民を対象とした調査であっても、一回限りの横断調査では慢性疾患の有病率には有効でも、ダイナミックに患者数が変動する急性疾患の把握が難しいのです。しかし毎日の調査なら急性疾患の病態を把握できます。このような一般住民の方を対象とした毎日の調査の場合、従来の紙媒体による調査は実現性に乏しいため、ネットを利用しました。


調査では、回答者の方に最後まで調査にご協力いただけるよう、各地区でそれぞれの症状の方がどれだけいるかをリアルタイムに表示したり、毎日健康にかかわるショートエッセイを掲載するなどの工夫を施しました。その結果、インフルエンザについては地域の流行が急増した時に異常警告が発生されるシステムを完成することができました。


このほか、花粉症の研究では毎日の有病率と花粉の飛散量の関係について検討するなど、様々なテーマで大変興味深い結果を得ることができ、大学院での4年間は瞬く間に過ぎました。こうして無事、指導教官、スタッフのみなさん、家族に支えられ、修了の日を迎えられたことを感謝しています。


私たち実地医家は、医療制度の変化や、新型インフルエンザなどの新たな疾患、一般の方の医療への期待など、外部から我々に向けられた内向きのベクトルに対して必死に努力しなければなりません


しかし今回の研究生活を通じて、研究には「真実」という普遍の目標に対して、自己から発する外向きのベクトルを打ち立てられる醍醐味があることに気づきました。そして研究の過程で学んだことが臨床にも大いに役立つことがわかりました。
研究成果をまとめた論文が世界のどこかで臨床家や患者さんに役立つことを夢見て、今後も博士研究員として研究を続けます。


「未来へのおくりもの」―被災医師に講演していただきました

間もなく東日本大震災発災から1年を迎えます。同じ国土に住む仲間として、お亡くなりになった方、被災された方へ心より哀悼申し上げます。


1月26日に出雲市にて、宮城県石巻市で被災された精神科医の木村勤先生にご講演していただきました。木村先生は41歳まで小学校教諭をされた後、医学部を受験され医師になられた方です。木村先生は被災当日、石巻市の精神科単科病院・恵愛病院の院長でした。同院は津波によって全損し、しばらくして廃院となってしまったのです。患者さんは他の医療機関へ転院され、職員は系列病院や市の関連施設に転勤されました。震災後、私ども島根県医師会の医療支援チームが同病院で救援活動をしたご縁で、木村先生をお招きすることとなりました。


blog0309



















ご講演先は、私が学校医をしている出雲市立今市小学校と出雲医師会の2か所で、今市小学校では元小学校教諭のお立場で、一方の出雲医師会では精神科医として被災地での経験をお話しいただきました。


今市小学校―「皆が何かを感じてくれたら、それが『未来へのおくりもの』」


講演タイトルは「未来へのおくりもの」でした。事前にこのタイトルを伺った時に、ご自身が被災されたにもかかわらず、子供たちの将来を思ってスピーチしてくださることに深い感銘を受けました。
午前と午後の2部構成で、午前は1年生から3年生、午後は4年生から6年生と保護者向けでした。私は午後の部を拝聴しましたが、さすがに元教諭です。子供に伝える話の構成と主題がとても的確でした。ご講演の要旨を以下に記します。


* 地震の揺れがどういうものか。そして襲ってくる津波の恐ろしさ。
* 一瞬の判断が生死を分けた。だから、これから避難訓練は私語を謹んで真面目に取り組もう。
* 震災後しばらくは、情報を得る手段は乾電池を使ったラジオしかなかった。だからメディアはなくても生きていける。子供たちはゲームをしたくても、ゲームの本体やソフトは流され、残っていたとしても充電ができなかった。
* 2日間は飲み水、食べ物がなかった。だから食べ物は大切にしよう。
* 大変な時に助けてくれる人がいることがわかった。だから友達は大切にしよう。
* 最後まで防災無線で住民に避難を呼びかけ続けた南三陸町職員、遠藤未希さんのおかげで助かった人はたくさんいたが、遠藤さんは亡くなってしまった。助かった人々は未希さんの声を「天使の声」だと思った。


そして最後に木村先生は子どもたちに、「地震はとてもつらい経験でしたが、この経験は日本のためになるし、被災してない皆さんが何かを感じ取ってくれたら、それは皆さんの将来に役立つ『未来へのおくりもの』となります」と語りかけました。実際に経験された方から直接伺う話には重みがあり、子供たちは熱心に聞き入っていました。


出雲医師会―「2日間は食料、薬、暖房が全くなし」


 
出雲医師会の会合では、精神科医としての経験をお話しいただきました。ご講演の要旨を以下に記します。


* 地震と津波の様子
* 地震、津波発生後の患者、職員の避難の様子。統合失調症の患者さんは平時よりむしろ冷静で、溺れる仲間や職員を救った。
* 発災後2日間は 飲み水、食品、暖房が全くなく、向精神薬もほとんど津波で失い、余震の揺れと津波を思い起こしで、多くの患者さんが怯えだした。
* 日本精神科協会の方が「恵愛病院から連絡が全くないのはおかしい」と、わざわざ出向いてくださり、それ以降たくさんの支援が届きだした。
* 発災直後ではなく数カ月たってからPTSDの患者さんが増えてきた。満潮時には町に水が流れ込む場所が未だにあり、その様子を見たり、蛇口から出る水を見たりすると体が震えだして止まらないという症状。



その現場にいた医師でしか分からない生のお話しを伺い、出雲医師会の先生方は改めて驚かれたようでした。また、被災された方のお話を少しずつですが、やっと伺える時が来たと感じた先生もいらっしゃいました。

医師は患者さんが外傷を負う現場にいることはほとんどなく、事故後に治療にあたる場合がほとんどです。しかし木村先生のご講演を拝聴し、このような大災害では医師自身が事故に遭遇し、現場対応と治療、そして自らの家族対応を一度にしなければならない困難な状況になることを学びました。